cobakoba日記

2007年、サンデーアングラーへ転身した釣りバカのフライフィシング日記。 

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阿寒湖 ⑤  消えたライズ

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阿寒湖2年目となる2002年から2004年は徐々に釣果が下がっていった。 が、日に20匹を超えるアメマスをキャッチした日もまだ混じり、楽しめました。 4日間の期間中、必ず1度か2度はドラマがあるもので、それに引きずられ、帰りの道中は今年の反省点・来年の展望やら攻略なんかを話して過ごしてしまうんですよねぇ。 毎回、‘今年で最後かなぁ’と出発前には話しているのに・・・。

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ドラマというのは釣った魚だけではなく、釣れなかった魚の印象が強烈に残ったりもするものです。 結構、後者の方が僕の場合大きいかな。 フッキングしてファイト中にバレて逃がしてしまった魚はまだいいんです。 フッキングに至らなかった魚の方が、問題なんですよぉ。 すっぽ抜けたり、見切られたり・・・いろいろありますが、そんな中でもまったく見向きもされなかったライズなどは、重症です。 ほぼヒヨコの‘刷り込み’に近いものがありますね。 ずっと脳裏に焼付いているみたいで、まったく関係ない日常の生活の中ででも、突然思い出しますから・・・。 

その日の早朝、風はほぼ無風と言ってよい程の微風。 湖面はベタ凪ぎ。 ライズはない・・・ただ一箇所を除いては・・・。 周りではライズを待てずにリトリーブする人、ドライフライを浮かべて待ち続ける人がズラーっと並んでいるが、僕たちの10m程左手、一列に並んだ水草(アシ?)の群生が凹の字状に窪んだ箇所に、数匹のアメマスが小さく円を描くようにクルージングしながら静かにライズしていた。 そこは、ゴミやら何やらが吹き溜まりになっているようで、小さなアシの残骸などが浮いていた。 おそらく虫もたくさん浮いていたんでしょう。 

僕はとりあえず、F・ニンフを浮かべてみた。 フライの数cm脇で何かを捕食するが、僕のフライにはまったく反応してくれない。 見切られているのかと思い、イマージャーやら何やらを投げてみるが、まったく無視され続けた。 

 その時、湖の静けさやライズフォームが、以前タスマニアに滞在していた時に出会ったブラウンのライズに似ているなぁ・・・と思っていた。 うん?そういえば、あの時はハイランド・ダンと皆が呼んでいたスピナー(これをブラックスピナーとも呼んでいた)のスペントを食べてたな・・・。 

 よ~く自分の腰の辺りに目を凝らすと、アシにまとわり付くようにゴミと一緒にモンカゲだけではなく、カディスのスペントなどがチラホラと確認できた。 で目立つのはどちらかというとカディス!! もしかするとぉ~ と思ったまではいいが、そんなフライポケットにないよ~。 岸に置いてあるバックの中に、なんとか代用効きそうなのはある。 

 ライズを繰り返すアメマス達を尻目に岸に戻ることを決した僕が、それなりに急いでバックからボックスを取り出し、戻りかけた時、不意に風が流れ始めた(吹くというより、そ~~と流れた)。 すると先程までの吹き溜まりがアシ際に沿って流れ始め、次第に水面に浮いていたモノが薄く広がり、存在感が薄れていった。 と同時にそのライズは消えた・・・。
 結局、何に対するライズだったのか解明することは叶いませんでした。
 ただ、翌年からはボックスの片隅に、出番待ちのフライパターンが一つ増えたのでした。

短くはナイ釣り人生の中での、そんなほんのわずかな時間が未だに忘れられないんです。
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写真は数少ない釣れたドラマの例 2003年のサクラマス です。
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  1. 2007/03/26(月) 22:53:43|
  2. 阿寒湖
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阿寒湖 ④

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2001年3日目、朝イチから大島へ渡り、岬状になったシャローへ立ちこんだ。 風向きは前日とは違っていて、ボートに乗り込んだ時から、大島向きな条件かなと廣澤君と話していた。 まぁ、ホントはテツ西山のビデオを観て、大島で釣りをしてみたかったので、状況はどうであれ行きたかったのと、さらにそれを後押しするかのごとく、前の晩、杉坂(隆)さんとお会いして、‘大島いいよ~’などと言われたモンだから行ったんですけど・・・。
 
結果、大正解。

リトリーブの釣りでしたが、ワンキャスト・ワンフィッシュ!! 手元にアタリが伝わる前に、ラインの延長線上にボイル!!  ‘グァバッ!!’波が立つ。 しかしフッキングしていない・・・そこでリトリーブ速度を速め更にメリハリを付けようと・・・する間もなく‘バゴッ’っと2度目の波飛沫と共にラインスラッグがなくなる。 ひったくる様なアタリで、すぐに手元に生命感が伝わってくる。 おそらくは向こう合わせにフッキングしているはずだが、ラインを引いて合わせを入れる。 ‘バシャバシャッ ドバァァ!!’と魚の尾ビレが2度、3度と水面を叩く。 そしてリールファイトへ・・・・。 アメマスは手元近くに来てからの粘りがスゴイですね。 ラインを回収して、リーダーがロッドティップに入る位から、ラインを10メートル近く引き戻すのを、2回・3回と繰り返す事もしばしば。
 大島でのサイズは45cm前後がほとんど。 オンネナイよりもアベレージは一回り大きいように感じました。 実際50cmを超えるサイズは、その中でも数本でした。 50あるかな?と測ると、大抵48か49cm。 で50オーバーとなると何故か52cmが多いんですよねぇ。 何故だろう??  
ま、そんなファイトが朝イチ起こりっぱなし。 08:00位だったか、風が変わり、光量も増してくると魚の反応が止みました。 シャローフラットに魚の気配がナイ・・・。  中禅寺湖だったら夕マヅメまで粘り倒すトコでしょう。 廣澤君と相談し、状況判断より前日の記憶がそうさせたのでしょう、オンネナイへ移動しましたが、昨日とは方向の違う強風が吹き荒れ、着いてすぐにムリだなと感じました。 一旦、昼食を食べに車に戻り昼寝をして、初日やった場所で釣りを再開して、結構釣れたコトはなんとなく覚えているんですが、どうしてもハッキリとは思い出せないんだよなぁ・・・廣澤君は覚えてる? F・ニンフを翌日用に1本だけ残しておこうと考えたコトだけは覚えてます。 よっぽど疲れてたんですかねぇ。

写真は2002年のモノです。

  1. 2007/03/23(金) 12:23:40|
  2. 阿寒湖
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阿寒湖 ③  

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二日目、早朝から対岸(オンネナイ方面)へ渡してもらい、廣澤君が仕入れた事前情報の場所を探すも・・・似たような形状をしたアシの群生ばかり・・・。 明け始めた湖畔を1時間近く歩いてなんとか良さそうなポイントを見つけるが、ライズは少ない。 時間的にもダンのハッチが少ない(全然というワケではない)ので、ライズも散発。 またもリトリーブの釣りをする。

 阿寒湖まで来て、リトリーブしなくても・・・と思う人も多いコトでしょう。
でも、中禅寺湖などで基本的にリトリーブの釣りに徹する僕達は、自然湖での連続ヒットなどの経験は少ないし、リトリーブの釣りに関しての情報・知識・テクニックは、それなりに身に付けているつもりでも、実際、それが証明されることは少ないんです。
 中禅寺湖で、例え今現在の条件下で魚をヒットさせる釣りとしては正解なコトをしていたとしても、その答えとしての釣果は必ずしも付いてくるとは限らない。 いや、ほとんどの場合結果はよくないことが多いんです。 
魚の密度や対象魚の違いによるものが大きいかと思われますが、その為、実際に自分のやっていること(場所・タナ・リトリーブ方法・フライなど)が本当に正しいのかさえ確認できないのが実状です。 
それでも、正解と信じる自分の釣りをし続け(修行ですな・・・ホント)、幸運が重なる時にキャッチできた魚の貴重さと、感激は他とは比べようがありません。 そこが中禅寺湖の魅力でもあるんですがね・・・。
 
魚の密度と対象魚というのが出てきましたが、まず、これは基本的に回遊性の本マスと定着性の強いアメマスの違い。 中禅寺湖も本マスの数は結構いるかと思われますが、阿寒湖のアメマス程ではないでしょう。
 で、それがまとまって回遊しているとして、いくらエサの対象が岸よりにあったとしても、釣りをしているタイミングに絡む時間は短いのではないでしょうか。
 アメマスの場合、エサのある狭い範囲に、ある程度居続ける。 そしてその数が半端じゃない。 そんな気がします。 
中禅寺湖で本マスが回遊してきて、並んだ釣り人の端から順に釣れていったなんて話はたまに聞きます。 
それとは別に、定着性のあるブラウンではアメマスと似た話を聞いています。 何年前だったでしょう、夜勤明けで中禅寺湖へ向かう途中、釣りをしている廣澤君へ電話入れると、 ‘カメラのフィルムなくなりそうだから買ってきて~。 この辺りの人みんな釣れてるよ~。 早く来たほういいよ~’ などと言われ、急いで駆けつけてみれば ‘終わったよ’ ・・・・・(涙)。  
あの時、あのワンド付近にいた人達は、50cm前後のブラウン(レイクトラウトを釣った人もいたようですが)を次々とキャッチしたらしい。  それがしばらく続いていたのは、やはりエサを追ってそこに居続けたからだと思われます。 また、釣れたといっても一人・1匹か多くて2匹程。 この差が密度の違いではないではないでしょうか? 逆に阿寒湖でサクラマスを狙って釣れと言われたら、これまた難しいことでしょう。
 
 阿寒湖の話でした・・・。で、キャストして数投、すぐに反応があり、リールファイト。 きれいなアメマスでした。 とにかく、その日一日釣れまくりでした。
ライズする魚にはダンやF・ニンフなどのイマージャー系で釣り、少しライズが減った時に魚を狙い撃ちできない状況では、リトリーブを。2投して反応がないと、どうした?と不安になる。そんなカンジです。 

これだけ反応があると、色々試せるのが良かったです。ドライ系では、フライはどんなモノの反応がいいのか、どうなると見切られるのか。 リトリーブでも、色々確認できたことがありました。こちらの収穫は大きかったですね。 また、風や光量の少しの変化でも魚の行動が変わるのも見れました。
 
でも、6月半ばを過ぎているというのに、スッゲー寒かったです。雨も降り、風にも吹かれ・・・それが好条件だったのかもしれません。 風向きが一番大切なのは、皆さん言われることですが、確かにそうなんですよね。モンカゲロウが帯びを成して流れてくる。この日、オンネナイ方面での風向きは最高でした。それは、次の日からの苦戦により思い知らされました。 また、その後、同じ風向きでの釣りはしたことがありません。 釣果も同様でした。


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  1. 2007/03/20(火) 12:58:26|
  2. 阿寒湖
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阿寒湖 ② 

2001年6月、森の中に飛行機が突っ込むんじゃないかと思わせるような位置にある、釧路空港に無事到着した僕らは、レンタカーで阿寒湖を目指した。 レンタカー会社の人にナビをセットしてもらったはいいが、確か、そこから阿寒湖畔までの間、曲がる道は一箇所か二箇所だったような・・・。 

 ホテルの近くのラーメン屋で食事を済ませ、釣り支度して様子を見に行くと、水際に立つまでもなく、林の中を抜ける前からライズが確認できた。次は水面から飛び立ったモンカゲロウを追い食いして、2回3回と連続ジャンプするアメマスが・・・。 ‘マジか~~’ ‘すげ~~’ と感激するないなや、ロッドを曲げる釣り人が視界に入る。 すでに僕と廣澤君(実名使えと指示アリ)はその時(羽田に向かう車内からだったけど・・・)ハイテンション。 カルチャーショックでしたよ~ライズした魚をドライで釣ってるんですからね~。

 午後2時過ぎ、すでにキャストし始めた廣澤君の隣に入れてもらい、3投目。(近くにライズなかったもので、引っ張りをした)リトリーブする手に生命反応が伝わってきた。 頭では?? まさかぁ などと考えてはいたが、結構勝手に体は反応するもので、気が付けば魚とファイトしてました。 

 阿寒湖にモンカゲを喰う‘黄金色のアメマス’を釣りにきた僕を歓迎してくれた一匹目。慎重にランディングしてみると・・・・うん?ニジマス?・・・うん??・・・・あああ サクラマスだ!! ビックリでした。 43㎝のプリッとした‘シルバーボディーのサクラ’。 3投目、あまりにあっけなく釣れたもので、これはまたすぐ釣れるだろうと、写真も数枚撮っただけでリリース。 いや、逃げて行ったと言うのが正しいカンジでしたが、前記のように軽く考えていたもので、まったく気にしませんでした。 しかし、この年サクラの顔を見たのは、これが最初で最後でした・・・無念。もっとキレイな写真撮りたかった・・・。その後、モンカゲのダンやF・ニンフにフライをチェンジして、念願のライズする黄金色したアメマスもキャッチ。 水温13.5℃、コンディションの良さもあってか、サイズ(40~50cm)よりもずっといいファイトをする。 この時のタックルはレビューの♯6・7。全部リールファイトです。

 2001年当時、僕はまだデジカメを所持しておらず、安い一眼とコンパクトのフィルムカメラにポジとネガ2種類のフィルムを用意してました。 PCに当時の写真は落としていないんです。 唯一、このサクラマスの写真だけ、スキャンしていたみたいです。 


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ちなみに阿寒湖ではサクラマスの遊漁期間は7月からだったような気がします。掛かった場合は、くれぐれもリリースを。

  1. 2007/03/19(月) 21:54:41|
  2. 阿寒湖
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阿寒湖 ①

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阿寒湖・・・今から10年ちょい前位だったでしょうか、友人H(ブログに登場させる許可は得たが名前出していいのか分からず、とりあえずミドルネームのHで)から借りた、故・西山徹氏のビデオを初めて観たときの驚きと感動は今でも忘れられません。その頃の僕にとって、湖でのモンカゲの釣りといえば‘中禅寺湖’だけでしたから・・・。しかも僕が通うようになってからの中禅寺湖は、既にモンカゲが劇的に減少し、ライズした魚をモンカゲパターンで仕留めるなんてのは、めったな事でなければ聞かなくなってました。 それがビデオの中ではモンカゲはバンバン飛んでるし、偏食してるアメマスをバンバン掛けまくってる。 温泉湧き出る岸際でウエーダーのまま暖まってる。   北海道に釣りに行くなんて、ナイよな・・・その頃は憧れでしかありませんでした。
 時が過ぎて2001年・・・奇しくも西山氏が亡くなられた年(だったような・・・)、僕とHは羽田から北海道・釧路へ飛んでいた。 今思うと、どういうきっかけで行くコトになったのだろう?思い出せない。 ただ、一回位は贅沢な釣行もいいかな~などど思っていたように思う・・・その時は。 
その時は・・・というのは、それから5年間毎年、今年で最後かな~などど話しながらも、6月の阿寒湖に通うこととなったから。 だって面白すぎるんですもん、阿寒湖。

 2001年、僕らにとっての初めての阿寒湖は、いきなりVIP待遇で迎えてくれました。 4日間パラダイス状態。 初日こそ、午後2時からで釣り上げた本数は一桁でしたが、初めて体験するモンカゲの釣り・・テツ西山が歩いていた林道・・それだけでテンション騰がってました。 2日目・3日目は寒くて震えながらの釣りでしたが、連日爆釣!! 二人で「阿寒湖どうですかぁ?」「最高で~すっ!!!!」と叫びながら(マジです)釣りしてました。 4日目は午前11時までの釣り。 もうお腹いっぱいの僕らは、初めての晴天の中、撮影会してました。それでも最終日の記録を読み返すと一人で10匹程は釣っています。      2日目・3日目などは、昼過ぎの少しの間以外、一日中釣れまくりでした。 ただ、これが僕たちにとって阿寒湖釣果のMaxだったのです、ハイ。(とは言え、あれ以上は釣りようがナイ気もしますが・・・)

 それから年を重ねるごとにフライや、釣法、ポイントなどの知識・情報は増えていく一方、釣果は反比例の道を辿り、ついに去年は釣行自体取りやめました。(それはウソです・・・本当は、H君には申し訳ナイですが、僕のワガママで川に専念させてもらいました。) また行きたいなぁ。

かなり簡素に阿寒湖の話をまとめてしまいましたが、とりあえずということで。 2001年は、かなり楽勝に思えるような書き方でしたが、それなりに考え、苦労もしたんで、少しづつ書いていきます。  なんせ4日間×5年分の書きたいコトあるんで。 また、ゆっくりと・・・・。

  1. 2007/03/15(木) 23:37:16|
  2. 阿寒湖
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Author:cobakoba
福島県浜通りに居住。
フライフィッシングを生活の中心に置き、日々過ごしてきましたが、2007年サンデーアングラーへの道を歩むコトとなりました。
どなたか何処かいいトコ案内してくれませんか?

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